酉松会(ゆうしょうかい)とは、
一橋大学サッカー部の活動を支援するOBの団体で
OB・現役有志の寄稿による「酉松会新聞」の発行、
OB戦やフットサルの開催など様々な活動を行い、
当ウエブサイトで公開しています。

100周年記念OBOG総会/OB戦は延期

2022年1月17日  タグ: お知らせ   コメントする

一橋大学ア式蹴球部OB・OG各位殿

頭書の件に関し、これまで大変多くのOBOGの皆さんよりご参加頂けるとの
ご意向を頂戴しておりましたが、ここに来てのオミクロン株の急拡大を受け、
昨日あらためて幹事内で議論の結果、当部が目指す社会や近隣住民の皆さんに
愛されるチームという観点に照らし、また折角ご参加頂ける皆様のご健康への
懸念を勘案、大変残念ながらグランドに於けるお祝い及びOBOG戦は、
コロナ収束までしばし延期とさせて頂くとの結論に至りました。
このたびは大変残念なご連絡となり洵に申し訳ありません。

尚、当日予定していたOBOG総会に関しましては、
年次必須の決議事項を含みますので、同日にリモートで開催させて頂きます。
予定時間10:00~12:00。リモートでお入り頂く番号については
別途お送りいたします。

重ねてとなりますが、ご参加を表明頂きました皆様、
またご欠席をご連絡頂きました皆様、当日ドタ参をされようとしていた皆様、
またその他OBOGの皆様、これまでのア式蹴球部へのご支援、ご指導に
深く御礼申し上げます。

何卒引き続き、宜しくお願い申し上げます。

酉松会 金谷

写真で辿る小平の記憶 ❶

2022年1月16日  タグ: 沿革   コメントする

今年で小平キャンパスの歴史は、およそ90年になる。
昭和世代はもちろんのこと、平成10年代前半卒までのOBOGにとっては、
現在の小平国際キャンパスの風景は現役時代とは大きく違い、記憶も薄れ、
思い出すのがどんどん難しくなっていると思う。

そこで、『100年史』を編纂するにあたって集めた貴重な写真と
左サイドバーに掲載した『小平G建物配置図』を使いながら
小平キャンパスの変遷を、最初から辿ってみることにする。
では、タイムマシンの目盛りを90年前の昭和7年(1932)にセットし、
時空旅行スタート!

『東京商科大学の精神と風土』(大澤俊夫著)によれば、
小平の地に東京商科大学予科キャンパスの建設が始まったのは
昭和6年(1931)10月。まだ屋根が未完成の本館しかない下の写真は、
昭和8年度の「建物配置図」(それ以前の記録はない)と
ほぼ一致するので、昭和7年頃に撮影されたと推測できる。

そして昭和8年(1933)9月に新学期が始まったというが、この時も未完成。
昭和11年の撮影として上述書に掲載された下の航空写真は、
昭和12年度の「建物配置図」と一致するので、おそらく正しい。


戦前に造られた建物の多くは戦後も長く残り、授業や課外活動に使用された。
「建物配置図」に初めて記載された年度に従って列挙していく。
(竣工した年とは限らない)また写真は戦前のものが少なく、
多くは戦後に撮影されたものであるが、建物の外観は戦前のままである。
(卒業アルバムの写真の撮影年は不詳)

昭 8(1933)本館
昭 9(1934)プール / 弓道場 / 柔剣道場
昭10(1935)寄宿舎 / 食堂及学生控所 / 雨天体操場(体育館)
昭11(1936)書庫及図書閲覧室 / 特別教室 / 講堂
昭12(1937)如意団(坐禅部)道場
昭14(1939)浴室及便所












昭和20年5月25日、小平キャンパスは米軍の空襲を受ける。
昭和22年撮影の国土地理院の航空写真を見ると、
寄宿舎は焼失したが、その他の建物は無事だったようだ。
またグラウンドは戦後の食糧難を補うために農園として利用され、
所々に畑の畝のようなものが見える。

昭24-25(1949-50)寄宿舎の再建が始まる
昭27(1952)寄宿舎の食堂ができる
昭29(1954)寄宿舎4棟(旧一橋寮)が竣工
・・・噴水蛇口が4段から3段に 空襲で最上部を欠損?
昭31(1956)弓道場が浴室及便所の北側に移動






昭28(1953)〜 昭57(1982)
小平グラウンドでサッカー部の練習が始まる。そしてこの年、
寮として利用されていた学生控所が、運動部や文化部の部室となる。
以来、1982年(昭57)に取り壊されるまで使われ続けた。
建設された年(昭10)から数えると、この木造の建物は50年近くの風雪に
耐えたわけである。すでに私の代でも(昭52卒)ボロボロだった。
田舎から送られてきたミカンなどの食料や衣類を詰めたダンボールを
個人専用の整理ケースとして使っていたのを懐かしく思い出す。







以下、次号へ続く。

写真で辿る小平の記憶 ❷

2022年1月15日  タグ: 沿革   コメントする

昭和40年代、小平キャンパスは大きく変わっていく。
まず昭和41年7月1日から、西武多摩湖線の最寄駅が変わった。
それまでは国分寺駅から1つ目の一橋大学駅(戦前は商大予科前駅)だったが、
2つ目の小平学園駅と共に撤去され、両駅の中間点に現在も使われている
一橋学園駅ができたのである。写真で辿ってみると・・






昭和42年から小平キャンパスの新築・改築ラッシュが始まる。
戦前に建てられた木造の体育館、図書館、一橋寮、弓道場、浴室及便所が取り壊され、
わずか数年の間に次々と鉄筋コンクリート造の建物に変わっていった。
その凄まじい変貌は、昭和41年と47年の「建物配置図」を比べれば一目瞭然。
小平キャンパスは新時代を迎えたのだ。

昭42(1967)合併教室(1号館)
昭43(1968)新学生食堂(生協食堂、後に小平カフェテリア)
昭45(1970)新体育館 / 新館教室(2号館)/ LL教室 / 新図書館 / 職員宿舎
昭46(1971)新柔剣道場
昭47(1972)4階建2棟の新一橋寮





昭47(1972)
新一橋寮が竣工したこの年、もう1つの変化がある。
学生控所(部室)に並ぶ食堂の一部が取り壊され、生協に改築された。
昭和43年に新しい学食ができたので必要がなくなったということか。


昭48(1973)
新体育館と新一橋寮の間に50mプールができた。
戦前に造られたプールは写真で見る限り短いので、25mだったのか?
さらに弓道場と浴室及便所が撤去され、プレハブの部室が設置されている。
課外活動の部が増え、部室が足りなくなったためか?
アメフト部のプレハブ部室もあるので、活動を始めたのはこの頃か?
いろいろわからないことが多いので情報を集めたい。



昭45(1970)〜 昭46(1971)
少し年度が戻るが、小平グラウンドも大きく姿を変えた。
それまでのサッカー場は玉川上水に並行してタッチラインが引かれ、
ゴールは東西に設置されていた。東ゴールの隣にあるシュート板は、
昭和28年にOB有志の寄付によって設置されたものだが、
およそ10年後にボロボロになり、昭和41年に修復されたようだ。





「建物配置図」には記載されていないが、OB諸氏の記憶によれば、
昭和45年の暮れから46年の春にかけて大規模な改修工事が行われたという。
ホッケー場は、撤去されたテニスコートの跡地に移動。
サッカー場は90度向きが変わり、ゴールは南北に設置され、
それに伴いシュート板も南側に新設された。
人工芝になった現在のサッカー場は少しワイドになったが、
新しいシュート板の位置は、50年前とまったく変わっていない。




以下、次号に続く・・・

写真で辿る小平の記憶 ❸

2022年1月14日  タグ: 沿革   コメントする

昭和50年代も変化が続く。
まず、昭50(1975)の「建物配置図」を見ると、
新しいテニスコート(6面)とバレーコート(4面)が設置されている。
そしてこの年以降、サッカー場とホッケーコートが明記されるようになる。
理由はわからない。小平グラウンドは体育の授業も行われていたので、
大学側としてはサッカー部とホッケー部の専用ではなく、
他の学生も使用する運動場という認識だったのかも知れないが、
なぜこの年から明記されたのかという疑問も残る。考え過ぎか・・

昭55(1980)
プレハブ部室がすべて撤去され、その跡地に福利厚生施設と合宿研修施設ができる。
その用途は不詳。また部室棟に並んでいた生協が取り壊されている。
福利厚生施設の1階が生協ができたのか?
合宿研修施設とは何か? 部室や合宿ができる部屋ができたのか?


昭57(1982)
戦前は寮の一部として、戦後は部室として使われ続けた旧学生控所が取り壊され
新しく鉄筋コンクリート造2階建の課外活動施設(現部室)ができる。





そして、時代は平成へ。
平成8年(1996)5月に小平分校が廃止となり、授業が行われなくなった。


平成11年(1999)から平成15年(2003)にかけて大規模な改修工事が行われ、
昭和の面影を宿す建物は次々と消え、小平国際キャンパスへと生まれ変わっていく。
その過程を年度順に記していくと・・

平12(2000)
特別教室や講堂が撤去された跡地に如水スポーツプラザができる。

平13(2001)
本館、1-2号館、語学ラボ、バレーコート、テニスコート、ホッケー場が撤去される。

平14(2002)
本館の跡地に国際共同研究センターができ、福利厚生施設が国際交流プラザになる。

平15(2003)
キャンパスの中央部に国際学生宿舎A〜E棟と小平国際ゲストハウス、さらに
ホッケー場の跡地に独立行政法人 大学改革支援・学位授与機構のビルが竣工。
そして5月、小平国際キャンパスの完成記念式典が挙行された。

平成元年度と平成16年の「建物配置図」を並べてみると
その凄まじい変貌ぶりがよくわかると思う。

以下、令和3年(2022)現在の小平キャンパスの撮影が可能になり次第、
追記するつもりである。お楽しみに。

酉松会新聞編集長 福本 浩(昭52卒)記

100周年記念OBOG総会/OB戦、開催へ

2021年12月23日  タグ: お知らせ   コメントする

一橋大学ア式蹴球部OBOG各位殿

コロナ禍により長く延期となっていた100周年記念行事が、
来年1月のOBOG総会/OB戦と日時を合わせて開催されることが
酉松会幹事会において正式決定されました。
当日の詳細等々のご案内は別途させて頂きます。

尚、開催においては、
従前の午前OB戦/午後OBOG総会の順序を入れ替え、
午前OBOG総会/午後OB戦とし、
100周年並びに小平人工芝化のお祝いは、
OB戦にあわせてグラウンドでと考えております。
また外部の施設をお借りしての開催ではないため、
費用についても、
従来のような高額を頂戴することは考えておりません。

【開催日時】 2022年1月22日土曜日
*OBOG総会:午前(予定)
*OB戦&100周年並びに小平人工芝化お祝い:午後(予定)

【開催場所】
*OBOG総会:一橋大学小平国際キャンパス内会議室
*OB戦:一橋大学小平人工芝グラウンド

できるだけ多くの皆様と、一橋大学ア式蹴球部100周年を祝い、
人工芝グラウンドを楽しめればと幹事一同願っておりますので、
重ねてとなりますが、何卒万難を排してご予定の確保を頂き、
是非ともご参加ください!! 宜しくお願い申し上げます。

酉松会幹事一同